人工内耳
岐阜大学医学部耳鼻咽喉科 助教授 伊藤八次
耳は体の外から奥の方へ順に、外耳、中耳、内耳の3つの部分でできています。外耳は音を集め、中耳は音を増幅し、内耳は増幅された音を電気信号に変えて聞こえの神経に伝えます。この信号が脳に伝わり音として感じます。外耳や中耳の病気による難聴は手術で治療できますが、内耳の病気による難聴はいままでは補聴器に頼るしか方法がありませんでした。それも、難聴の程度が高度の場合は補聴器の効果がなく、音の無い世界に閉じこめられる患者さんもたくさんみえました。
人工内耳とは聴こえの神経を音の代わりに電気で刺激し、脳で音やことばの感覚を得ることができる装置です。内耳の機能の代わりをするので人工内耳と呼ばれています。人工内耳の開発により、従来の補聴器では全く聞こえなかった内耳の障害による高度難聴の患者さんにも、音を感じ会話ができる道が開かれました。装置が開発された当初は、大人になってから難聴になった方だけに有用と考えられていましたが、現在はことばを覚える前の難聴の子供さんにも効果があることが分かり手術が行われるようになっています。
人工内耳の装置は、耳にかけて音を電気の信号に変え耳の奥へ送信する部分と、耳の奥に手術で埋め込まれ電気の信号を受信し聞こえの神経を刺激する部分でできています。一度埋め込まれた受信装置は長期間使用可能で、通常は再手術の必要はありません。
手術前には、手術の適否を決めるために聴こえの検査、補聴器の効果の有無についての検査、聞こえの神経の機能を電気で調べる検査、内耳の形態を調べる画像検査、読話(唇の動きで相手のことばを知る)能力検査が必要です。また、全身麻酔の手術を施行するための諸検査である血液検査、尿検査、心電図、呼吸機能検査、胸部レントゲンなども必要です。全身的に重大な疾患があり、全身麻酔下の手術に問題がある場合は、残念ながら手術はできません。
補聴器の効果の有無についての検査は、補聴器でどれぐらいことばの聞き取りが良くなるかを調べる検査です。高度難聴の患者さんの中には、補聴器の適正装用(フィッティング)を長年行っていない方もあるので、人工内耳の適応を決めるのに、不可欠の検査です。検査は1度だけではなく、適切に補聴器を2〜3か月使用します。その結果人工内耳装用を上回ると考えられる場合は、人工内耳手術の適応とはならず、補聴器の使用を勧めます。
また、人工内耳を装用された患者さんは、人工内耳からの音だけでことばを聞き取る場合はむしろ少なく、読話を併用して初めてことばの理解が得られることが多いです。そのため手術前に読話の上手な人は、手術後のことばの聞き取りも良いということになります。手術前に読話の能力を調べることは、手術後のことばの聞き取りを予測する一つの手だてとなります
実際の手術時間は5時間程度です。手術後2〜3日は安静が必要ですが、その後は自由に動けます。入院期間は患者さんの状態にもよりますが3〜4週間ぐらいです。手術した部位に少し膨らみができますが、頭髪でほとんど隠れます。
手術から3週間程度たって人工内耳の使用を開始(音入れ)します。人工内耳で得られるのは通常の音とは違うので、この新しい音の感覚に慣れて意味のあることばと結びつけるためにリハビリテーションが必要です。反復練習のため本人の努力と家族や周囲の人の協力も大事なポイントです。
最後に、人工内耳は本来高価な装置ですが、1994年に基準を満たす施設における人工内耳手術の保険適用が認められ、手術、装置とも保険が効くようになっています。岐阜大学医学部附属病院耳鼻咽喉科も認可を受けていますので、お気軽にご相談下さい。